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朗読「星守る犬」

2013年02月25日

あるイベントの中で朗読劇として行われたのを見てはじめて知る。

いや、知ってはいたんです。
ニュースではじまるあの冒頭で、すでにラストがわかってしまうあの展開。
きっと生き死にで泣かせる系の話だとしか思っていなくて、読もうとしなかった。

そういう話ではなかったことにようやく気づく。

不幸でしかないと思っていた「お父さん」と犬である「ぼく」の
幸せの話だったんですね。

家族、財産、いろいろなものを失っていくことに、あるすがすがしさを感じていくお父さん。
すでにお父さんはどこかで死?人生の終わり?を感じていると思われるのだけど、そんなお父さんを静かに眺めて受け入れてわずかな生を共にする犬、ハッピー。
満点の星空、雪、そして巡り来る春。

一見ネガティブの極まりでありながら、一人と一匹の生き方に幸福感を感じてしまう。
決してこんな生き方、死に方はしたくないとは思っても、こんな幸福感は感じてみたいと思う、不思議な余韻。

いろいろなものを失っていくお父さん。
それはきっと、少しずつ間違いがあったことに、本人も家族もだれも気付けなかったことが一番の原因で。
でも第三者の視点では気付くことも、当事者ではわからない、そんなささやかな間違いの積み重ね。
奥さんや子どもを憶うなら、生きて見守ってほしかったというこちらからの現実的な希望もありつつ、ハッピーを人間の都合に巻き込んで・・・なんて思いつつ・・・
でも、そこを語るのは野暮なのかなとも思いつつ。
このストーリーや描き方を手放しで絶賛はできないけど、ハッピーとお父さんが互いを思い合うあたたかさに寄りかかって、ふうっとなぜか癒されてしまう。
まるでだまされているかのように。

TV版の「ストロベリーナイト」の最終回で
「子どものために死ぬというより、生きて子どもを見守りたい」という表現があって、一見対局だけど、どちらも自分の思うままに生き抜いたあかつきに満足感や幸福感が漂ってたなあ・・・とふと思いました。

どちらも壮絶なストーリーで余韻がすごすぎて、つい書いてみました。
うん。また書こう。

by uma



 

Posted by sweetblues at 02:32Comments(0)本・映画・音楽