キャタピラー

2010年08月23日

戦争から生還した夫は、四肢を失い、頭部は焼けただれた無惨な状態だった。
「軍神」とあがめ、奉る村人。
立派な勲章と「軍神」を讃える新聞記事が、四肢を失った代償だった。

ただ寝て食う生活。
食い物に飢え、妻の体を求めるだけの人生に見合う「勲章」なのだろうか。
天皇の写真と新聞記事、勲章を見つめる夫や妻の目線が何度も映し出されるけど、そのたびに疑念は膨らんでいく。

夫は自分の状況に涙し、命について思いを馳せたのだろうか、だんだんと、中国で行った残虐な自分の行為をフラッシュバックし、怯えるようになる。

妻の夫への献身は、村人から美談として讃えられるが、その実、夫への復讐、虐待へとかたちを変えていく。
戦争に行く前に受けた仕打ち。子どもを産めないことで、人としての尊厳さえも無視するような行為。

この夫婦間の復讐劇は、戦争云々にかかわらず、いつの時代でもあり得る出来事で、ここが深く描かれるのが興味深い。

「お国のため」という呪文に、すべての人々が狂わされていた時代。
出征する青年を喝采で送り出し、死んで帰った亡骸を神と讃え、ありがたがる。
「無責任」ということばが浮かんだ。
夫の苦しみ、妻の苦しみは、「お国のため」というお題目にかかれば、本当に無責任な美談にすりかえられてしまう。

妻の怒りは、本当はこの無責任さに向かっていたのではないだろうか。
だからこそ、夫を外へ連れ出して衆目に晒すという行為を行ったのだろう。

戦争を行った国歌に対する怒り、命の大切さというテーマ。
その背後には「お国のため」という呪詛にからめとられた、村人や夫婦(あるいは日本国民)の、愚かさに対する警鐘があると思う。

いくらあがいても手も足も出せない芋虫(キャタピラー)が象徴するものは、そんな姿なのかもしれないと思った。


【追記】
エンディングの元ちとせの「死んだ女の子」。
歌詞のテロップは「あたし」となっているが、歌は「わたし」と歌っている。
歌詞検索して確かめたけど、訳詞はやはり「あたし」だ。
「あたし」なのは押韻の関係か?
歌詞内容から考えると、「わたし」のほうがいいと思うけど、どうなんだろう?
訳詞なので正解はないのだけど。


by shu

キャタピラー


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Posted by sweetblues at 22:43│Comments(0)本・映画・音楽
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